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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)950号 判決

控訴人 債権者 西日本海事工業株式会社

訴訟代理人 沢田建男

被控訴人 債務者 国

訴訟代理人 今井文雄 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審において予備的になした仮処分の申請を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。東京地方裁判所が同裁判所昭和二七年(ヨ)第二五六〇号船舶立入禁止等仮処分事件について、昭和二十七年六月九日なした仮処分決定は、「債務者(被控訴人)は、山口地方裁判所昭和二八年(ワ)第一〇二号払下代金等請求事件の反訴に対する判決が確定するまで岩国市柱島沖北緯三三度五分三八秒、東経一三二度二四分一八秒の位置に沈没しておる旧軍艦陸奥の残体内及びその附近に立ち入つてはならない。」と変更して認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、もし右第二項の仮処分の申請が理由がないときには予備的に「前示東京地方裁判所のなした仮処分決定は、「債務者(被控訴人)は前示反訴に対する判決が確定するまで前示旧軍艦陸奥の残体内にある、別紙目録記載の物件をふくむ搭載物件全部を売却、廃業、その他現状を変更する一切の行為をしてはならない。債権者(控訴人)の委任する執行吏は右趣旨を公示するため適当な措置をとらなければならない。」と変更して認可する。」との裁判を求める旨申し立て、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「(一)占有権の主張につき、控訴人はその取得事由として原審主張の事由のほか、さらに搭載物資の引揚の具体的な手配が完了しておる姿をもつて、控訴人が搭載物資を占有しているものと主張する。すなわち、控訴人は、山口県知事との契約に基いて陸奥残骸から買受物資及び超過引揚物資を引き上げる具体的な手配を完了していたのであつて、被控訴人が昭和二十六年三月下旬になしたところの、同月末限り一切の引揚事業を打ち切りその後の継続を許さない旨の通告(甲第十一号証)によつて一時引揚を中止しているにすぎない。(二)控訴人は、昭和二十四年六月二十日被控訴人の機関として旧軍艦陸奥を管理していた山口県知事田中龍夫との契約により、同軍艦搭載物資全部の払下を受けこれが所有権を取得した。ここに搭載物資とは、進水後の艤装品及び積載物資全部を意味し、艦船内にある独立の動産を指す積載物資とは異なる。控訴人は、この見地の下に被控訴人を原告とし、控訴人を被告とする山口地方裁判所昭和二八年(ワ)第一〇二号払下代金等請求事件で、反訴を提起し、陸奥の残体並びに別紙目録記載の物件を含むその搭載物資が控訴人の所有に属する旨の確認を求めているが、もし右反訴判決確定までに、被控訴人において艦体の残骸払下を強行せんとして艦内に立ち入り調査等をするときは、控訴人が搭載物資と判断しておる物資を勝手に破砕し、あるいは現状を変更するおそれがあり、後日控訴人が勝訴の判決を受けても回復することのできない損害を被るから、控訴人は、原決定を控訴の趣旨第二項記載のとおり変更してこれが認可を求める。(三)もし右請求が理由がないときは、控訴人は、陸奥の残骸及びその搭載物資の所有権に基き、原決定を予備的請求の趣旨のとおり変更してこれが認可を求める。すなわち、被控訴人国は、昭和十八年六月八日の軍艦陸奥の沈没の後、陸奥を艦籍名簿から抹殺し、終戦後占領軍に引き渡した沈没艦船名簿にも記載せず、又艦籍名簿抹殺後国有財産として大蔵省に引き継ぎもしていないことから見れば、被控訴人国は、陸奥の残骸に対する所有権を放棄したものである。しかして控訴人は、昭和二十二年九月末頃岩国市柱島沖合に陸奥の沈没位置を発見して浮標を取り付けその所有権を表示すると共に之を先占し、同年十月六日山口県知事にこの事実を報告しさらにその後同年十一月二十一日及び翌年五月二十五日柳井水上警察署の承認並びに昭和二十三年八月二十一日広島海上保安本部長の許可を得て細部精密調査を行い、その結果を柳井水上警察署並びに広島海上保安本部に報告した。斯様な経過で、控訴人は無主の動産となつた陸奥の残骸及び搭載物資の第一発見者で、先占によつてその所有権を取得したのである。しかるに被控訴人は控訴人の右所有権を争うので、控訴人は、前示反訴を提起し、陸奥残骸並びにその搭載物資の所有権の確認を求めているが、被控訴人が陸奥の残骸を処分すれば、搭載物資も一緒に処分せられる恐れがあり、又処分のための調査及び処分後の引揚作業等によつてこれらの物資が流失或いは廃棄移動され現状が変更されることが必至なので、控訴人が後日勝訴判決を受けても、その執行が不可能又は著しく困難となり、回復することができない損害を被る恐れがあるので現状保全の必要がある。」と述べ、被控訴代理人において、「控訴人の右主張事実中被控訴人の従前の主張に反する事実を否認する。なお控訴人の当審においてなした予備的申請の拡張に異議はない。」と述べたほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

疎明として、控訴代理人は、甲第一ないし第八号証(いずれも写)、第九、第十号証、第十一号証(写)、第十二号証、第十三ないし第十六号証(いずれも写)、第十七ないし第三十四号証、第三十五号証(写)、第三十六号証、第三十七号証(写)第三十八ないし第四十一号証、第四十二ないし第四十四号証(いずれも写)、第四十五号証、第四十六号証、第四十七、第四十八号証(いずれも写)、第四十九ないし第五十二号証を提出し、原審並びに当審証人深見一雄、当審証人田中恒治の各証言原審並びに当審(第一、二回)における控訴人(債権者)会社代表者武岡賢尋問の結果を援用し、乙第十一号証の成立は知らない、その余の乙号各証の成立は認める。写をもつて提出せられたものはその原本の存在並びに成立を認めると述べ、被控訴人指定代理人は、乙第一号証、第二ないし第四号証の各一、二第五号証(以上いずれも写)、第六ないし第八号証、第九号証の一、二、第十、第十一号証を提出し、甲第二十七号証、第四十六号証、第四十九ないし第五十二号証の成立は知らない、その余の甲号各証の成立は認める、写をもつて提出せられたものはその原本の存在並びに成立を認める、甲第四号証を援用すると述べた。

理由

控訴人は、当審において、東京地方裁判所昭和二七年(ヨ)第二五六〇号船舶立入禁止等仮処分事件の債権者として、同裁判所が同年六月九日右事件につきなした「債務者(被控訴人)が別紙(原判決添附)第一目録記載の船体の払下に関する技術的調査をなすに際し右船体の内部に立入ることその他船体内にある別紙(原判決添附)第二目録記載の物件に対する債権者(控訴人)の占有を妨害する如き行為をしてはならない。債権者の委任する山口地方裁判所執行吏は右趣旨を公示するため適当な方法をとらなければならない。」旨の仮処分決定に対し、単純にその認可を求めないで、「債務者は山口地方裁判所昭和二八年(ワ)第一〇二号払下代金等請求事件の反訴に対する判決が確定するまで岩国市柱島沖北緯三三度五分三八秒東経一三二度二四分一八秒の位置に沈没しておる旧軍艦陸奥の残体内及びその附近に立ち入つてはならない。」と変更して認可する旨、もし右理由がないときは、「債務者は前記反訴に対する判決が確定するまで右旧軍艦陸奥の残体内にある別紙目録記載の物件をふくむ搭載物件全部を売却、廃棄、その他現状を変更する一切の行為をしてはならない。債権者の委任する執行吏は右趣旨を公示するため適当な措置をとらなければならない。」と変更して認可する旨求めているので、当審における審判の範囲を確定するため、まず右申立の適否について考える。

仮処分申請事件において、裁判所は、必ずしも債権者の申立の趣旨に拘束されることなく、申立の範囲内において自由なる意見をもつて申立の目的を達するに必要な処分を定めることができることは、民事訴訟法第七百五十八条第一項の明定するところであつて、仮に債権者が右処分をもつて不十分であると思料しても、これに対しては不服を申し立てる方法はないのである。また同法第七百五十六条第七百四十四条により債務者が仮処分決定に対して申し立てる異議は、仮処分の申請につき口頭弁論を経ないで決定をもつて裁判をした場合に、口頭弁論をなし終局判決をもつて裁判をなすことを求める申立であつて、右異議による口頭弁論手続においては、当初から口頭弁論の開始せられた場合と何ら変るところはないのである。しかしながら右異議の申立は、同時に右仮処分決定の取消変更を主張しその当否につき再審判を求める申立をふくんでいるのであつて、従つて右異議による口頭弁論において、債権者が債務者の異議の主張を認めて原決定の定めた仮処分の方法を軽減または減縮することは格別、これを越える仮処分を求め、または新たなる仮処分の附加申請をなすが如きは、なしえないところであつて、民事訴訟法第二百三十二条はこの限度において適用がないものというべきである。

今この見地の下に控訴人の変更の申立を吟味するに、控訴人の第一次の変更申立は、立入の理由を制限しない点において、また立入禁止区域を旧軍艦陸奥の船体内に止めずしてその附近に拡大した点において、原決定の定めた仮処分の方法よりひろいようにみえるが、その全体から観察するときは二者格別変ることなく、ことにその立入禁止の期間を限つた点において減縮されておると認められるので、かかる変更の申立はこれを許すを相当と認める。しかしながら、予備的申立は、その実新たなる仮処分の申請であつて、第一次の仮処分の申請が仮の地位を定めるための仮処分の申請であるのに対し、予備的になされたそれは係争物に関する仮処分の申請であつて、二者その性質を異にするものというべく、ことに控訴審においてこれをなすが如きは、仮処分事件における専属管轄の規定をみたすものであつて、たとい相手方の異議がないからといつてこれを許すことはできないものといわなければならぬ。従つて右申請は、たとい第一の申請が理由がない場合であつても、これを審判することができず、その場合にはこれを不適法として却下するのほかないのである。控訴人はよろしく管轄裁判所に新たなる仮処分の申請としてこれをなすのほかないであろう。

よつて専ら控訴人の右第一次の変更の申立の範囲において、控訴人の本件仮処分申請の当否、従つて原決定の当否を審判することとする。

控訴人は、本件仮処分申請の被保全権利として、控訴人主張の場所に沈没している旧日本軍艦陸奥の船体(以下陸奥船体と略称する)ならびに船体内にある別紙目録記載の物件を含む搭載物件全部に対する占有権を主張し、その占有権取得の理由として右船体並びに物件に対する所有権の取得その他種々の事由を主張している。しかしながら、右事由中控訴人が原審において主張した事由については、当裁判所もまた原審とその判断をひとしくし、当審において新たに提出、援用せられた疎明資料によるも到底控訴人が右事由に基き前示船体並びに物件につき占有権を有しているとの疎明があるものとなすことができないので、この旨附加して、すべて原判決の理由をここに引用することとし、以下控訴人の当審における被保全権利についての新たなる主張についてのみ検討することとする。

控訴人は、まず控訴人は旧軍艦陸奥の塔載物資引揚の具体的手配を完了しているので、その船体並びに全搭載物資につき占有権を取得しているものである、と主張するが、たといかかる事実があるからといつて、直ちに控訴人が右占有権を取得したということができないので、控訴人の右主張は理由がない。

次に控訴人は、昭和二十四年六月二十日の山口県知事との契約により、陸奥船体内にある軍艦搭載物資の全部の払下を受けて、これが所有権を取得したと主張しているけれども、右は、原本の存在並びにその成立について争のない甲第一号証(乙第一号証と同一内容の書面)によれば、被控訴人国のために旧日本軍艦陸奥搭載物件の引揚及び売払に関する契約担任者山口県知事田中龍夫が控訴人に売却したのは、陸奥船体内にある重油、揮発油、繊維品、ワイヤ、マニラロープ、非鉄金属、食品に過ぎず、陸奥船体自体並びに武器弾薬は明らかに除外されていることが明らかであつて、この点についての原審並びに当審証人深見一雄の証言、原審並びに当審(第一、二回)における控訴会社代表者武岡賢尋問の結果は信用できない。その他本件一切の疎明資料によるも、控訴人の右主張事実について疎明があるという程度には至らないものというべきである。しかのみならず、別紙目録記載の物件に限定して考えても、原判決理由一で認定してあるとおり、陸奥船体内には、重油、ガソリン、非鉄金属、食糧、繊維関係、ロープ及びワイヤーロープについても、控訴人が売却を受けた数量の二倍以上数倍に達する物件が存在すると推定されていたのであるから、控訴人は右売却を受けた物件を現実に引き揚げた場合にその所有権を取得するものと解すべきであつて、現に陸奥船体内にある売却物件の数倍に達する物件中の如何なる部分が控訴人の所有に属するかは、引揚以前には、これを特定するに由ないのである。よつて別紙目録記載の物件についても、控訴人がこれを所有することにつき疎明があるとはいえない。

次に、控訴人は、被控訴人が所有権を放棄した旧軍艦陸奥の残骸を先占して、これが所有権を取得した、と主張しているけれども、(右主張は予備的申立の理由として主張されているのであるけれども、船体に対する所有権の取得原因として第一次の申立とも関連をもつので、ここに判断することとする。)たとい控訴人主張のような事情があるとしてもこれをもつて直ちに被控訴人が旧軍艦陸奥について所有権を放棄したものと速断することができず、その他右放棄の事実を疎明するに足る何らの資料がないのみならず、控訴人主張のように沈没している軍艦に浮標をつけただけでは、未だ巨大なる軍艦を占有したといい難いから、先占に因る所有権取得の控訴人の主張は到底採用するを得ない。

以上の次第であつて、控訴人の本件仮処分の申請は、その被保全権利につき疎明なく、また保証をもつて疎明にかえることも相当でないので、これを却下すべく、従つて、さきに本件につき東京地方裁判所のなした仮処分決定を取り消し、控訴人の仮処分の申請を却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、また控訴人の当審において予備的になした仮処分の申請は理由冒頭掲記の理由によりこれを却下すべく、ょつて民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 吉原勇雄)

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